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横浜家庭裁判所 昭和54年(家)2940号 審判

申立人 寺尾和則

未成年者 寺尾則夫

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立の趣旨

未成年者寺尾則夫(以下未成年者という。)の親権者を本籍横浜市○区○○町×××番地亡寺尾光子(以下亡光子という。)から申立人に変更するとの審判を求める。

第二申立の実情

1  申立人と亡光子とは夫婦であつたが、昭和五二年一〇月七日当事者間の長男である未成年者の親権者を母である亡光子と定めて調停により離婚した。

2  未成年者は上記申立人と亡光子との離婚以来亡光子によつて監護養育されてきたが、昭和五四年二月三日から申立人が未成年者を引取つて監護養育するに至つたところ、亡光子は同年八月七日死亡した。

3  そこで、未成年者の利益のため、未成年者の親権者を亡光子から申立人に変更することを求める。

第三当裁判所の判断

本件記録中の筆頭者寺尾和則、寺尾光子の各戸籍謄本、医師○○○○作成の診断書、家庭裁判所調査官補○○○○作成の調査報告書、申立人の審問の結果、当庁昭和五四年(家)第三三七三号後見人選任申立事件記録中の土地、建物登記簿謄本、前記○○○○作成の昭和五四年一〇月九日付調査報告書、未成年者作成の郵便はがき及び上申書、上田宏一、寺尾則夫、寺尾和則の各審問調書を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  申立人と亡光子とは夫婦であつたものであり、その間に昭和三五年六月九日未成年者が長男として出生したが、不和となり、同五二年一〇月七日未成年者の親権者を母である亡光子と定めて調停により離婚した。

2  未成年者は、上記離婚後亡母に引き取られたが、以前からのノイローゼ状態が嵩じて昭和五二年一二月ころから約三ヵ月間○○○○病院に入院するに至つた。同病院退院後、未成年者は亡母の許に戻つたが、昭和五三年八月ころから父である申立人の許に立ち寄るようになり、翌五四年二月ころから通学先の○○学院高校近くにある申立人宅(同人の肩書住所所在)で申立人と同居するに至つた。

3  しかし、この同居生活中における未成年者と申立人とは、互いに親和できず、いさかいが絶えなかつたものであり、申立人は未成年者に対し或いは炬燵の脚で或いは鍋で臂部を殴打したり、或いはまな板で頭部を殴打したりしたこともあり、未成年者も申立人に反発し、付近の警察署に三回位相談に行くなどして悩んだ結果、抑うつ気分(心因反応)が顕著化し、遂に同年七月六日前記○○○○病院に再入院するに至つた。

4  亡光子は、未成年者の上記再入院中の昭和五四年八月七日死亡した。

5  その後、未成年者は、同年九月一七日退院したが、申立人との前記同居中の不和に懲りて申立人宅近くのアパート○○○荘に単身入居し、爾来今日まで申立人とは別居し、現在○○学院高校三年生として通学している。しかし、申立人は、未成年者のため同アパート代及び学費を負担しており、また毎日申立人宅で食事を用意して未成年者に提供し、かつ昼食の弁当も作つて未成年者に持たせるなど申立人なりに配慮している。

6  申立人が本件親権者変更の申立をした動機は、(1)未成年者の病状を心配し、療養看護に努めたいと考えたこと及び(2)未成年者には亡母光子の遺産(横浜市○区○○町字○○○×××番×所在の土地、建物(薬局店兼居宅)、動産など)があるところ、亡光子の親族に対してはかねてから強い不信感を抱いており、光子の死亡後同親族らが同遺産を搾取しようとしているとの危惧を感じ、自己が適正に管理したいと考えたことにある。

7  しかし、申立人は、離婚前に自己の経営する会社が経営不振となつたことがあるうえ、主として、現在経営する家庭用品販売業のため自己の両親から一六〇万円、弟から年利八%の約定で一二〇万円の借財があり、右弟の分については既に返済期限を徒過しているところ、亡光子の親族らは申立人の右経営不振、借財の点を含めて申立人に対し以前から強い不信感を抱いており、このため、申立人には未成年者の財産管理を到底任せられないとして亡光子の父上田宏一が自ら候補者となつて当庁に後見人選任の申立をしている(昭和五四年(家)第三三七三号事件)。

8  また、未成年者は前述のとおり現在申立人の世話になつているものの、もともと亡母光子が死亡したのは同人が申立人から長い間苛められた結果であると信じ込んでいるうえ、前記3の同居中における申立人の仕打ちや上記のとおり申立人が借金を抱えていることなどから申立人を父親として信用できず、根深い不満や反感を抱いており、自己の身上監護及び財産管理を申立人に委ねることに強く反対し、できれば申立人の世話を受けず祖父上田宏一に後見人になつて貰つて同人の世話になりたいと希望している。

以上の事実が認められ、右認定事実によれば、申立人は現在申立人なりに未成年者の将来を考え、親権者として養育、監護及び財産管理に努めたいと思つており、本件親権者変更申立も真摯な動機からなされたものと考えられるが、しかし、未成年者の申立人に対する悪感情は相当根深いものであり、事実、申立人の未成年者に対する接し方においても、両親の離婚という不過な環境下にあつて精神的疾患を有する未成年者に対する十分な理解、配慮に欠けた憾みがあつたものというべきであるから、このような事情の下において申立人に未成年者の身上監護を委ねることは、一九歳という未成年者の年齢に徴し、未成年者の福祉上相当なものとは思われないのみならず、本件においては特に財産管理をめぐつて申立人と亡光子の親族らとの間に感情的対立があるところ、申立人に経営不振の前歴があり、かつ現在借金を抱えていることも事実であつてこれらの点からだけでも前記親族ら及び未成年者が申立人によつて未成年者の財産管理が全うされるか否かにつき強い危惧の念を抱いていることは無理からぬ点もあるというべきであり、従つて本件の場合は親権者の変更によるよりも、選任、解任、必要に応じ後見監督処分等を通じて家庭裁判所の監督可能な未成年者後見制度を活用することによつて公明、適正な財産管理を図るのが相当であると解せられる。なお、申立人としては今後共未成年者の父親として従来どおり援助の手を差しのべ、併せて未成年者の信頼を回復すべくその心情をよく理解し、真に父子の絆が築けるよう努力し、かつ当庁によつて選任される後見人に協力し、もつて未成年者の健全な育成を期するよう心掛けることが望ましい。

以上によれば、親権者変更を求める本件申立は相当でないから却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 大田黒昔生)

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